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10年前、10年後
ロングインタビューを再構成したものとおぼしきミュージシャンの伝記本をたまに読む。いつも驚かされるのが有名人は昔のことをよく覚えているってこと。たとえば「あれは68年のことだ。バンドの連中がキャットフィッシュのフライを食べ過ぎて云々」みたいな。エピソードと年がセットで記憶されてることにはびっくりだ。私にはそんなことはとてもできない。私の過去の記憶は、こまごまとしたエピソードの断片が、一貫性無く付与されたキーワードでリンクされてるだけ。たとえば「修学旅行」というコトバで思い出す内容は、小・中・高校全部の旅行がぐちゃぐちゃに混ざったイメージである。
そんな私が時系列に沿って過去を振り返る必要に迫られたとき、唯一頼みとする年度のマイルストーンはサッカーイベントである・・・要は、年を覚えていられるのは大きなサッカー大会だけってことです。ひゃあ。
ちょっと試しに今から10年前のことを思い出してみよう。すると私の思考は以下のようになります。まず引き算処理回路が発熱しながら1996年という結果を算出(ばかだから暗算が苦手)。記憶を検索しても1996年では何もヒットせず。近似値検索でヒットするのは1994アメリカW杯と1998フランスW杯。1996年はそのふたつの中間という絞込みがなされる。W杯の2年後、2年前とゆーことはAFCアジアカップ開催年である、とサッカーファンの常識を適用し96年アジアカップがどんな大会だったっかを思い出そうと努力。印象薄い。思い出せない。えーっと、アジアカップといえば1992年広島大会は、日本が初めて国際大会で優勝したエポックとして覚えている。オフト〜、森保〜、その4年後ってことは監督は加茂周・・・ああ、準決勝でクウェートに0−2で負けてがっかりした年か。以上。
それだけだ。
では先見の明と呼ばれる方面の能力はどーか、ってゆーとこれも厳しいものがある。10年後?うわっ、世の中どーなってるんでしょーね。ワイヤレスなのに紛失しにくいインナーイヤーヘッドフォンくらいは安く買えるよーになってるだろうか。思いつくのはその程度だ。だいたい有益な未来予測ってのは「このままコレを続けると30年後には地球はダメになる」くらいのもんだろ。役に立たないことがほとんどだと経験的に知っている。
子供のころの夢をかなえたひとって尊敬を集めたりしますよね。でもさあ、私がやってきた仕事なんて、ぜーんぶ私が子供のころには存在すらしなかったものばかりだ。ってえことはコドモのころの夢に固執するのは、新しい分野にチャレンジするチャンスを失うこととも言える・・・。だからなに。ま、現在の自分のせっまーい視野で将来を設計するってのは、あんまり賢いことではないのでは。てなことを考えてみたり。
10年間を英語では decade といいます。dec は「10の」を意味する接頭語です。10年前、10年後というと、現在を中間点とする20年間のことですね。「20年間」は英語で two decades です。decade という英語は、日本の「十年一昔」という感覚によくマッチするためか、日本のあちこちで使われ目にすることが多い。
数年前「ドッグ・イヤー(dog year)」というコトバがビジネスの世界でよく使われました。従来の時間感覚でいるとIT産業の技術革新スピードに追従できないぞ!という脅しの場面で使用されていた。犬は人間の7倍の速さで年を取ることが由来。1年は7犬年である、つまり1年間で従来スピードに換算すれば7年後の世界が実現しちゃうぞ、みたいなことが言いたかったんでしょうね。日本語にするなら「一年一昔」ってとこかな。10年後は100年後だ。なんとね。
ところで、後で読み返したい本のページの端を折って目印にすることってありますよね。あの折り目を英語で dog ear といいます。犬の耳に形状が似ているから。かわいい。しかし愛書家はこれを大変嫌いますので、ひとから借りた本には dog ear を作らないようにしましょう。そーいえば借りた本って借りっぱなしになっちゃう場合が多いですよね。あっ、いけねっ、と思い出すのはだいたい7年くらいたった後。あちゃー、時がたつのは速い。光陰矢のごとし。dog year ってのはこの感覚のことを指します。うそです。
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